☞『ノマディアが残された』の刊行前に企画提出して書き始めていたと記憶している。いくつか企画を提出して、編集者さんから反応が良かったものの中から本企画を選んだ。
☞ノマディアの次に新しい小説を書くにあたって最も念頭にあったのは、「書き方を変えなければいけない」ということで、具体的には「今まで通りの書き方だと遅すぎる。もっと早く書ける書き方を作らなければならない」ということだった。具体的にどう変えるか/変えたのかは説明が難しいけれど、従来よりも「軽く早く書ける」というスタイルを模索する必要が強くあった。参考文献なしで書けるとか、自分が持っているもので書けるとか、キャラクターに依存して書けるとか、つまりは文体とかではなく内容、要は企画からして考える必要があった。
☞そういうことが念頭にあった時、いくつかのなかでこれを選んだのは、つまりは「8年間小説を出せずにいた間に経験していた“子育て”の経験をもとに書ける企画」だからに他ならなかった。ボトルネックであった経験それ自体を小説にして元を取ろう、という話でもある。子育てで感じた感情やインサイトをもとに書ける、それらの記憶を存分に入れられる小説。ただ、子育ての経験を描いた小説はたくさんある。自伝や実体験みたいに書くのではなく(それならばエッセイでいい)、あくまで読む動機は別にあるエンタメとして書くところに面白いチャレンジがあると考えた。
☞と思ったのは重要には重要だが、最初の種かといわれると後付けと思うところあり、最初にあったのはずっと前から「時間SF」というジャンルに興味があったことだと思う。企画段階で、「この企画のSFは藤子F不二雄先生的な方のSF、日常SF的な感じです」「いいですね」という会話があった記憶がある。いくつか企画を考える中で、時間SFはどうかな、なら子育てを掛け算すると企画にならないだろうか、という勘が最初だったのでは。時間SF×子育て。結果的には、その勘はすさまじく的確だった、と書きながらあるいは書いた後に思うことになる。時間SFというジャンルを、子育てというモチーフで書く。その交差点には、まぎれもなく「時間」というテーマが横たわっている。子育てを書くのに時間SFというジャンルは最適であったし、逆に時間SFを書くのに子育てという横軸を加えることはとてもマッチしていて、相思相愛じゃないかくらいの組み合わせに思われた。
☞連作短編は、最初の企画時からそうするつもりだった。覚えているのは、まずじゃあ1本書いてみます、と書いてみた最初の1本が、良い出来ではないかと自分でも思ったこと。実際、編集者さんの反応もとてもよかった。1本目こんなよかったら、この水準で2本目3本目書けるかな、と思ったくらい。
☞「不思議な時間現象の理由が人間の意識にある」「渦には原因たる中心人物がいる」という設定は書きながら輪郭を固めていった。つまりはミステリになった。謎の時間現象を考え出して、かつ、その原因になる人の意識を考えるのは意外に大変ではあった。1本目は中心人物探しで、さて2本目3本目は、とどう手を変え品を変えるかのアイデア出しではいろいろ考えた。
☞2本目、3本目を書いて、エピローグを書き、2本目を編集者さんからの指摘で直す。2本目では、当初2つの事件が並行して起こる構成だったが「複雑では。2つ目の事件があまり効果を発揮していないのでは。他に構成を合わせた方がいいのでは」という指摘を得て、事件を1つにする書き直しを行った。
☞なのでこの小説は、あくまで私個人的としては、いままでの小説とは違って、「自分が経験して感じた感情」をたくさん入れて書いた、という特性をもつ小説になった。小説家は、ファンタジーだろうが、自分が今までの人生で感じた感情や経験をちぎっては入れ込んでいくことで小説を織りなす。その入れ込み比率が他より高い。それによってどのくらい今までの小説と反応が変わるのか、変わらないのか、は関心がある。つまるところ、初めて半径5m以内のものだけで書いた小説、ともいえる。いままでの他の作品がその観点からどう思われているかわからないし、本作もそう読まれないだろうなという気もするけれど。
☞書き方を変えなければ、という意味では、複数の企画を並行して進める、というのも取り組んでいる。この小説を書くのと並行して、別の小説を1本書いていたし、2本の企画を提出したりプロットを書いたりしていた。いやあ、こんなことよくできるな、他の小説家の方々は、がいまなおの感想。
☞音楽。この小説のイメージを膨らませる企画、書き始め段階では、時間SFというジャンルイメージとしてperfume「ハテナビト」「ミラクルウォーカー」、Cocco「クジラのステージ」、Haim「Now I'm in it」。家族の話、仕事小説としてはヒゲダン「ミックスナッツ」「50%」、米津玄師「毎日」あたりをよすがにしていた。
☞書きながらよく聴いたのは、イエモン「ALLRIGHT」「バラ色の日々」、逃亡者木島丈一郎のラストシーン、ビヨンセ「TEXAS HOLD’EM」、ヒゲダン「chessboard」RADWIMPS「夏のせい」「愛にできることはまだあるかい」、never young beach「お別れの歌」「帰ろう」「明るい未来」、ハンバートハンバート「トンネル」、森山直太朗「あの世でね」「あの海に架かる虹を君は見たか」「バイバイ」、スクーデリロエレクトロ「さよならノーチラス号」、King Gnu「AIZO」、aiko「skirt」、アジカン「All right part2」。重要だったのはharuka Nakamura+suis fromヨルシカ「スターライト」。ゲラ作業の時はフジファブリック「若者のすべて」もよく聴いていた。
☞それらとは別に、3本の短編それぞれでよすがになった中心曲がある。1本目はRADWIMPS「鋼の羽根」、2本目はTOMOO「エンドレス」、米津玄師「がらくた」、3本目はレミオロメン「南風」、Grim Spanky「美しい棘」、エピローグはミスチル「NOT FOUND」。それぞれのラストシーンを読みながら聴いてもらえると、読み味が1割2割濃くなるのではと思います。試してみてください。
☞タイトル。当初『バイ・タイム -小宇辺外港機関整時士佐藤スバルの哀切ー』だった。長いサブタイトルってちょっと面白いよね、と思って。時間SFっぽいエモいタイトルを、といくつかお出しするもあまりしっくりこず、社内で相当ご議論になったというご連絡とともに、サブタイトルを短くする提案を頂き、そちらで着地しました。時間SFとすぐ伝わることを第一義にしたかった。エモよりはポップにしたかったので、結果そうはなったかな…とは思う。
☞そうは書きながら、私の今までの小説のなかでは最も「エモい」小説ではないか…と思うところもある。
☞今作は一人称小説になっていて、それも単著では初と思う(短編ではやったことがある)。これは、書いたことがないのでやってみたいというのと、一人称小説は早く書けるのでは、という仮説を持っていたから。仮説が正しかったかはまだわからない。一人称は「わたし」にした。この主人公の造形なら「僕」のほうが適切かもしれないが、私は「僕」という一人称をあまり良いものと思っていなくて(これは個人的には結構大事なこととしてある)、「わたし」という一人称で男性主人公の話を書く、というのも地味だけど大事なところとしてこだわった点かもしれない。軽さを念頭に書いたので、リーダビリティは高いのではないか、軽くて浅いではないものにもできたのではないか、と当社比ではしている。
☞小説の中に書いたけれど、生まれたてから首が座り、座れるようになり、立って歩くようになり、しゃべるようになり、という生誕後3歳くらいまでの大変な時期の記憶は、経験しているときはこんな濃いこと忘れないだろうと思っていたのに、いま吾子が9歳になった現時点では、遠くいろんなことを忘れ去ってしまいつつあるのが、本当に驚くべきことで、時間の恐ろしさを実感した。し、エンターテインメントという枠組みの中でそうした記憶をはしばしに言葉として残しておくことができるというのは、たぶん今がぎりぎりできる最後のタイミングだろうと思うし、そういうことが小説という形でできたというのは、こういう小説家冥利もあるのだな、と深々と思った。
☞早く書ける書き方、は絶賛研究、模索中。頭の切り替えが得意な方ではなさそうだと思い知る日々。一つの世界に没入するのが小説を書く喜びなのに、とも思うので、だいぶ悩ましい悩みであり続けている。