『青の数学』シリーズ執筆備忘録

☞デビューさせてもらった中央公論新社でない出版社との初長編仕事。オーダーは、「『天盆』のような少年バトル漫画的なものを、現代を舞台に」。なるほどこういうオーダーをもらうのかと新人は新鮮に受け止めながら、脳内で考えていたのは、同じことはできないので、オーダーを満たしながら、同時に自分にとっての新鮮さをどう作るか、を最初の問いにしたのを覚えている。

☞いくつか企画メモを出し(5個くらいの企画メモ、word一枚)、甲子園ものや地域おこしものや自転車競技ものなども出した記憶があるけど、その中で数学を題材にするアイデアがよい、というオーダーが返ってきた。

☞実はこれが困難含みであることに着手後に気づく。この小説は前半の流れで二~三回ボツが出て冒頭から書き直す、を繰り返し、「次回ダメだったら違う企画を考えましょう」と言われた書き直しでようやく現在の形が成った。貰った指摘は概ね「序盤からもっと早く立ち上がり盛り上がるように」だった。自分でもこの小説にふさわしい「雰囲気」を掴みかねていた自覚はあり、GOが出た版も「できたかも」と思ったら実際にGOが出た。とにかくこの小説にふさわしい「雰囲気」を体現するのに模索した。

☞渦中に気づいた根本的な原因は、3つのお手玉になっていたことだった。少年漫画×家族、量子力学×資本主義、は2つのお手玉だったが、実は本作の企画は3項のかけ算だと後で思い知った。

☞そも、「自分にとっての新鮮さ」として考えていたのが、「青春」だった。これはレーベルを念頭に置けばすぐ浮かんだ。つまり少年漫画×青春で、少年漫画の中身=数学ならよかったが、問題は少年漫画的バトルと数学がまるで別物な点だった(当たり前だけど)。つまり少年漫画×数学×青春、という3項の式を成立させる企画だった。それを成立させる文体も、作品の雰囲気も、そもそもどのような舞台や道具立てや展開があればいいかも、なんというか前例がないものをゼロから作る感覚だった。

☞余談。『天盆』と似て違う熱さ、青春、ではじめイメージしていたのはあだち充先生だった。細部で使ったところもあるが、それだけでは不十分だった。

☞さらに、当然ながら数学の知識や数学という学問をどう物語に織り込んでいくか、が根本にあり、これひとつだけ取っても難事だったのだから、それに上記の3つのお手玉が加わって、単に私の力不足に尽きるが、蓋を開けてからしっかり苦闘した。

☞しかも、前二作に比べて音楽の加護も弱かったのも重なった。この小説にふさわしい曲、がなかなか見つけられず、幾度かの書き直しの過程で、ねごと『メルシール―』、perfumeflash』、superfly『919』、メレンゲ『僕らについて』などへ手あたり次第に助けを借りながらイメージの解像度を上げ続けた。

☞自分以外には伝わらない予感もするが、「雰囲気」を構築するのに、古本屋、ウォール、合宿の舞台、緑の小道、などの造形が重要だった。たとえば私が偏愛する漫画『ピアノの森』は、森の中に置かれているピアノというアイコンで、作品全体のリアリティラインやファンタジー度を、つまりは「雰囲気」を規定している。リアルの重力に引きずられ過ぎないあの浮遊感を造形している。たとえば『蜜蜂と遠雷』が、無数の蜜蜂の群れ飛ぶ音で開幕するのも、同様の意味があると思う。

☞この小説では、「季節を描く」ということも自分にとっての新しい試みとしていて、それができたのも楽しかった。

☞最初の打合せだったかは忘れたけれど早い段階で、このレーベルは「マンガは読む人に、小説の面白さを知ってもらう入口になるような小説を」と言われたのは念頭に置き続けた。役割や使命が明確なのはいい。そうなっているといいなとは思う。

☞最後に余談。1と2は実は最初一本だった。無名作家の本で300p超えると手に取ってもらいにくくなる、という提案があり、二本に分かれた。